なんだか、3連休の天気がまたいまひとつな予報ですね。
前々回の3連休は、雨予報が大外れで真夏のような暑さ。前回の3連休はまさかの線状降水帯で水没&停電&断水。同じ大外れだったら、前々回の方でお願いしたいところです。
ちなみにこの9月は、この大雨の影響もあって、月間616.5ミリと過去に例のない・・・と思ったら、なんと9月の降水量としては観測史上第2位の数字でした。1位は1982年の695.5ミリ。そして、すべての月の最高記録を見ると、なんと2004年の10月が957ミリと途方もない数字。
10月って、平均降水量でいったら4~9月にはかなわなくて、12か月で7番目なんですけど、台風はちょくちょくやってくるので、こういうとんでもない数字が出たりするんでしょうね。
今は台風が発生していないということで、気温が急に下がるところを見ると、秋雨前線の影響でしょうか。今くらいのほどよい気候が続いてくれると過ごしやすくていいんですけど。
そんな暢気なことを言っていたら怒られそうなのが、厳しい自然の中で生活する方々。白川郷も例外ではなく、その中でどうやって生活していたのかを、住宅を見学することで垣間見ることができました。
この囲炉裏からの煙が家じゅうに行き渡るようになっているとのこと。これは竪穴式住居の頃から変わりませんが、それによって虫などに食われるのを防いでいるんですね。
冬は、この囲炉裏の周りにみんなで集まって暖を取ったようです。そしてこの囲炉裏の火は夜も絶やすことなくつけられていて、火事が起きないように、寝ているところからこの囲炉裏が見えるような窓が作られていたり。
ちなみに、今回ここに行くまで知らなかったのですが、白川郷の生業のひとつに、火薬作りがあったそうで。
検索してみたら、一番最初に出てきたものがとても詳しく、思わず時間をかけて読み込んでしまうところでした。
どうやら、白川郷では火薬の原料となる焔硝(硝石)を、蚕糞、ヒエの葉・茎など栽培する作物の不要な部分、山草、良質の畑土、人の尿を使って、建物の床下で作っていたそうです。しかもそれは、21世紀になって分かったことらしく。
地元の人々には言い伝えられていたんでしょうかね。いずれにしても、こうして作られた焔硝は、村を支える重要な収入源だったに違いありません。
さて、この辺りは豪雪地帯でもありますから、そんな中で合掌造りの家が長きにわたって存続しているのには、いろいろな工夫があってのことになります。
自然の中で生活していくことによって得られる知見って、やっぱりすごいなぁと思いますね。私たちが失いつつあるものだなと思います。
いやいや、ホント勉強になりました。合掌造りって、小学生の時にとってもらっていた「学研の学習・科学」の付録についてきたのを覚えていて、名前と基礎的な知識はずっとあったんですが、当時はまだ、焔硝づくりの詳しいことは分かっていなかったんですね。今回行ってみて、いろんなことが分かってよかったです。
さて、もう少し歩き回ってみましょう。続きはまた明日です。