From Shizuoka to everywhere(^^)/

A to Z社のキャンピングカー『アミティ』の購入をきっかけに始めたYahoo!ブログの閉鎖に伴い、はてなに引っ越してきました。我が家のお出かけを中心に徒然と記事を書いています。我が家は私・かみさん・小僧という家族構成です。それぞれの趣味趣向が表れると思いますが、主に私・かみさん:キャンプ・スキー・山登り・自転車・旅行 私のみ:マラソン 小僧:鉄道 という方向性になっております。お付き合いいただければ幸いです。 ブログ名にあるように、静岡在住です。

2024GW後半戦は1都2県の旅 ~無事ゴール からの予定変更!~

今日はこちらのニュースから。

すごいですねぇ。おめでとうございます。

新人の頃、未成年でタバコを吸いながらパチンコに興じている姿を写真週刊誌にすっぱ抜かれたことを思うと、なんとも感慨深いというか。

なんてことを書くと、

  • もう十分にみそぎを済ませたんだから、いいじゃないか
  • 若気の至りだからと言って、なかったことにはしちゃいかん

なんてご意見もそれぞれいただきそうですが、池波正太郎ファンの私としては、池波作品でしばしば登場人物の言葉として語られる「人は悪いことをしながら良いこともする」という理念でいられればいいんだよなぁと。

ちなみにこの言葉、作品の中ではこんな風に語られています。

  • 善事をおこないつつ、知らぬうちに悪事をやってのける。悪事をはたらきつつ、知らず識らず善事をたのしむ。これが人間だわさ
  • 人間というのは妙な生きものよ。悪いことをしながら善いことをし、善いことをしながら悪事を働く。
  • 人間というものは、悪いことをしながら善いこともするし、人に嫌われることをしながら、いつもいつも人に好かれたいとおもっている・・・

などなど。ちなみに池波正太郎さんはこんなこともおっしゃってます。

『ちかごろの日本は、何事にも、「白」でなければ、「黒」である。その中間の色合が、まったく消えてしまった。その色合こそ、「融通」というものである。戦後、輸入された自由主義、民主主義は、かつての日本の融通の利いた世の中を、たちまちにもみつぶしてしまった。皮肉なことではある。』

このあたりは、3月のオフ会でシンさんとお話ししていた内容と重なるなぁと思い出しています。

というわけで、改めて、ダルビッシュ選手おめでとうございます。

さて、その「融通」を利かせたわけではないのですが、カスイチ90kmの3分の1、30kmで折り返したサイクリングも終盤。そしてその後も行き当たりばっ旅の最終点までいってみましょうw

【さようなら、煙突】

行きに通った時は謎の物体だった煙突も、その正体を詳しく知ってみると、見える風景が一変したように感じます。そうして80年前に思いをはせながら最後のひと踏ん張りへ。

【すぐそばの駐車場】

簡単ですがトイレも完備されてますし、ここでも車中泊できそうです。ここからは再び湖畔のサイクリングロードへ。

【単調・・・です・・・】

ただ、こういう往復コースあるあるなんですが、行きより帰りの方が進みが早いように感じるんですよね。タイム的にはかえって時間がかかっているのですが、一度通った道というのは二度目に通るとどういうわけかそう感じることが多いです。これはジョギングでもサイクリングでもよくありますね。運転だとどうかな。

【奥にお店があるようです】

今思うと、ここに寄ってみてもよかったなー。

【おっと、これも廃墟か?】

田んぼのすぐ隣に建っていて、住居だったのか倉庫的なものだったのかは分かりませんでしたが、これも年月を感じる建物でした。

そういえば霞ヶ浦は成田が近いせいか、神宮と同じように頭上を旅客機が多数行き交っていました。

【静岡の民は飛行機が珍しいのです】

【好きな人はこれだけで型番などが分かるんでしょうねぇ】

そういえば、道沿いにいくつか神社がありまして。水神様をお祭りしているんでしょうか。

【水神宮と書かれていますものね】

【こちらは名称不明】

【ところどころ、水路沿いを迂回するところがあります】

上の写真は正面に霞ケ浦が見えます。霞ヶ浦につながる水路が横を流れているのですが、湖畔を来たサイクリングロードがこの水路を渡るのに、橋が湖沿いではなく少し離れたところにかかっているので、いったん水路沿いに走ってから橋を渡って、そのまままた湖畔沿いへとむかうという形になっています。

【丸で囲んだところがそうです】

そのまま湖畔沿いを走らせてくれればいいのになと思うのですが、まぁ何らかの理由があるのでしょう。

土浦駅まで残り7km】

ということは、その手前に車を停めているので、残り20分もかからないあたりですね。

自衛隊の駐屯地もあります】

雄翔館にも寄ってみたかったですねぇ。

【こんな看板がそこかしこにあるので、迷うことはありません】

【風車が見えてきました】

最初に車を停めたのは、あの風車のすぐ近くでした。もうすぐゴール。

霞ヶ浦総合公園に入りました】

【この風車が目印】

こうして、15時46分に無事ゴールとなりました。

【最後、ちょっとだけペースが上がったかな】

ゴール後、当初の予定では、

  • ひとっぷろ浴びる
  • ミニ四駆で遊ぶ
  • 道の駅に移動する(順不同)

と考えていました。さて、どこのお風呂に寄ろうかなと考えながら、着替えや自転車の積み込みなどをしていたのですが、そこにブロ友のどんちゃんからLINEが届きまして。

昨年10月のオフ会でご一緒したヒロさんもいらっしゃるとは聞いていたのですが、最初はすれ違いかな?という予定でいました。だってねぇ。さすがに2連泊というのは厚かましいかなって思うじゃないですか。

それで、こんなやりとりをしつつ、汗も流さぬままこんなところへ。

【八千代というところにあります】

ミニ四駆のサーキットって、こういう系統のお店にも置かれていることがけっこうあるんです。しかも、こちらのはかなり立派。タミヤ公式と同じ5レーンのコースも置かれていました。

【こちらは通常使われることの多い3レーンのコース】

【こちらはめったに見られない5レーンのコース】

こちらで1時間ほど遊んで、ミニ四駆欲を満たしました。今回の旅で唯一のミニ四駆タイムでしたねw

それで、遊びながらあれこれ考えた挙句、せっかくこちらまで来たんだから、お言葉に甘えちゃおうという結論に達しまして、鑑定団を出発後、小僧に代理で打ってもらったのがこちら。

というわけで、食材も持たず、途中でアルコールと簡単につまみになりそうなものだけ買って、1時間ほどでRVパークどんちゃんに着。

【なんて素敵な空間なんでしょう】

【ヒロさん、本当にご馳走様でした】

ちなみに、卓上の静岡麦酒はヒロさんからいただいたものw そして焼いていただいたお肉もヒロさんが持ってきてくださったもの。いかんいかん、次にお会いすることがあったら、おでんをお見舞いするくらいでは足りません💦

そんなことを思いながらも、宴は終わることを知らずw

「市内でも、特にこの辺りは寒いんです」

どんちゃんがおっしゃったように、徐々に冷えてきまして、シャツしか持ってきていなかった私はヒロさんにフリースまで借りる始末でしたが、最終的にはどんちゃん家のリビングに場所を移して、お風呂にも入らせていただいたあげく、まさかの午前様になるまで楽しんでしまいましたw

これも、キャンピングカーという「融通」の効く道具があって、そしてキャンピングカー友のもつ「融通」もあってこそなんだなぁとありがたみを感じながら、この日は眠りについたのでした。

あ、さすがに寝たのは、キャンピングカーの中ですよ。さすがにリビングで寝落ちはしませんでしたw

さて、翌日はテツタイム、そしてRVパークどんちゃんでの2泊目です。続きはまた明日です。

2024GW後半戦は1都2県の旅 ~鹿島海軍航空隊跡ラスト~

今日は1日雨模様。実はこの2日間、『グランシップトレインフェスタ』という催しが行われていて、今日は『さわやかウォーキング』も同時開催。いつもは入れない静岡貨物駅に入れるとのことだったのですが、小僧にどうするか聞いたところ、「今日はいいかな」とのこと。

【代わり映えがしないと言えばそうなんですよね】

まぁこのトレインフェスタも10年ほど通って、内容はだいたい分かっているし、今年も大体おなじみの内容みたいですからね。しかし、いよいよこうした催しにも「行かない」という選択肢ができるようになってしまったのかと、ちょっと寂しい気分にも。

まぁ、子供が成長するってそういうことなんですよね。またそのうち、テツ友ができれば、自分たちで行くようになるのかもしれません。しかし今は、ミニ四駆友の方が優先らしく。今日もいつものホビースクエアには出かけたのでしたw

ちなみに昨日もホビースクエアにいたんですが、昨日はほぼ貸し切り状態。いつものメンバーもおらず、閉館の18時近くまで、見に来る人はポツポツいても、走らせているのは私と小僧だけでした。

先週のホビーショーの余波もあるのかお客さんもそれほど多くなく、ホビースクエアも17時50分頃には閉店準備状態。ちょうど帰り支度をしていたら館長さんから、「ついでにここの電源、切ってってもらっていい?」と頼まれw

普通なら見ることのできない、こんな館内を眺めながら退館したのでしたw

【暗い・・・】

【エレベーターホールも閉められてます】

常連として信頼していただいているってことで、ありがたい話ですw

さて、鹿島海軍航空隊跡ですが、今回のライドに費やした約6時間のうち3分の1にあたり2時間を過ごしただけあってレポが長引きました💦 そろそろ見学を終えてサイクリングに戻りましょう。

唯一建造物として体を成していた本庁舎の建物から出ると、その裏手へと順路が続いています。そちらにはまず、士官宿舎跡がありました。

【この状態で、いったい何年経っているんでしょう】

残っているのはほとんど基礎だけですが、ところどころ、お風呂の跡だったりトイレの跡だったりというのが分かるようになっていました。何となく感心したのは、トイレの便器ってこれだけの年月、風雨にさらされても白いんだなってw ここで用を足した方々も、80年後にまだこの白さで便器が残っていようとは、想像だにしなかっただろうなぁw

【二重波線と錨のマークが海軍の印だそうです】

そういえば、こういう形式の消火栓って、昔はちょくちょく見かけた気がするんですが、最近はほとんど見ないなぁ。ちょっとググってみましたが、よくわかりませんでした。どこかにはあるのか、無くす傾向にあるのか、どんなもんなんでしょう。

ちょっと歩いて振り返ってみると、先ほどの本庁舎の裏側を見ることができます。半分ほどはつたに覆われてますね。ここがこうして置かれていた時間を感じます。

ラピュタのようでもあります】

【隣には、謎の円柱が4つ並んでいました】

そして、最初に目についた高い煙突の場所に到着。こちらはボイラー室でした。沸かしたお湯を暖房に使ったりしていたそうです。他には・・・何に使ってたんだろう。ただ、こうした大きな施設では、ボイラー室というのは無くてはならないもののようですね。あまり考えたことなかったんですが。

【遠くからもこの煙突は目立ちます】

【高さ32mとのこと】

横にはしごがついてますが、さすがにこれを登る気にはなれませんね💦

煙突と反対側に回ると、建物への入り口があります。

【こちらから入ります】

【中の様子】

この建物は、比較的屋根がしっかり残っているため、中も比較的きれいな状態が保たれていました。もちろん公開に向けて整備したんでしょうけど、屋根の部分までは手が入っていないでしょうから、大したものだと思います。

【これが釜なのかな】

昭和14年の製造だそうです 85年前か】

左側の扉?には、『東京 安藤鐵工所 月島』と書かれています。そのままググってみると、1975年ごろに倒産したとの記事。オイルショックの余波とかなんでしょうか。だとしたら、円高にあえぐ今の日本となんとなく重なるような気がしたり。

【水道や控室?なども残っていました】

この辺りで、写真を撮るのに必死になっている間に、小僧とかみさんには完全に置いて行かれましたので、ちょっと先を急ぎました。

【高さ2.4mとのこと】

物干しというより、高鉄棒のようにしか思えないのですが。バスケットボールのゴールの高さが305cmだそうですから、2.4mだと、ジャンプすればなんとか届くくらいですかね。高校生の頃、垂れ下がっているゴールのネットには届きましたから。リングはとてもじゃないけど無理でした。

この手前が、最後の見どころとなる自力発電所跡。自家発電所じゃないんですね。自力ってところが、何となく軍隊っぽい響きです。「自分の力で何とかするぞ」みたいな感じで。とはいっても、自分たちで自転車をこいで発電するというわけではないのですが。

【こちらは、屋根がけっこう抜けてしまっています】

こちらの遺構、フィナーレにふさわしいいでたちとも言えます。中に入ったところで見られるのがこの光景。

【ほとんど骨組みしか残っていません】

【奥まで行って振り返ってみるとこんな感じ】

映画、『すずめの戸締り』の冒頭部分で、主人公のすずめが入り込み、扉を開けるシーンに出てきた廃墟を思い出します。そういえば『すずめの戸締り』は、《日本各地の廃墟に点在する災いの出口・“扉”を閉じていく少女の解放と成長を描くロードムービー》(Wikipediaより)でした。もう少し早くこの鹿島海軍航空隊跡が一般公開されていたら、映画の聖地になっていたかもしれません。

【床は、発電機などを置く土台になっていたのか、でこぼこしています】

【小僧も写真撮影中】

スマホの広角レンズで撮ったせいか、身体の各部のバランスがちょっとおかしいんですがw こんなに頭が小さくて足が大きい子供ではありませんw

こうして、最後の自力発電所跡を堪能したら、最初の車庫へと戻りました。

【こっちの小僧の方が正しい比率w】

ウォークラリーの答え合わせも見事に正解してまして、景品として一人1枚ずつクリアファイルをもらいました。その後は、サイクリングと中の見学でかなり歩いていたので、休憩をすることに(休憩するために寄ったのに、ここまで休憩してませんでした)。持っていたカロリーメイトと売られていたジュースで腹ごしらえをして、20分ほどのんびり。

【MIHO WEEKEND CAFE】

私にとって「みほ」は「三保」なんですが、このあたりでは「美浦」なんですよね。

ちなみに、JRA日本中央競馬会)の関東側のトレーニングセンターがこの村(市でも町でもないんですよね)にはあるんですが、競馬を始めてすぐの頃は「みほ」と読むのを知らず、「みうら」って読んでました。

【というわけでリスタート!】

先程巡った敷地のすぐ横を走りだします。ゴールまで残り23km。時速18kmあたりで走ることにしていたので、休憩込みで1時間半くらいで着くでしょうか。

といったところで、続きはまた明日です。

2024GW後半戦は1都2県の旅 〜次代に伝えることについて考える〜

かみさんが、実写版のシティハンターを見たいがためにNetflixを契約。そうしたら、『鋼の錬金術師』が見られるってことで、小僧が見始めちゃいまして、そのまま一緒にズルズルと💦

で、かみさんも興味を持ったのか、いつものようにWikipediaなどでカンニング予習をしたそうで。

今日の夜は長々とハガレン(=鋼の錬金術師の略称)見てしまいました。子供は早く寝なさいって後も、かみさんがズルズル楽しんでおりますw

というわけで、今日も更新に入るのが遅くなりまして。ダメですなぁ、早く寝なきゃと思ってもなかなか実現できません💦

さて、鹿島海軍航空隊跡の続きです。こちらでは、ウォークスルーアトラクションとのことで、ウォークラリーのようなものを開催してまして、ちょっとした謎解きをしながら進んでいきます。

【ヒントになってしまうので、一応モザイク】

そして、まずはこんなところへ。

【一時期、東京医科歯科大の分院だったらしい】

【築何年なんでしょう】

いや、これが大学病院の分院だったって、雰囲気ありすぎでしょう。

こちらの建物は、中に入って部屋の中を見ることができます。

【入り口から中へ】

【撮りまくりますよw】

中に入ると、それぞれの部屋ごとにテーマのある展示がされています。まずは一つ目の部屋へ。

【うん、確かにいいきっかけになりましたよ】

地元、それこそ職場の近くにも戦争遺跡ってありますが、ほとんどは当時から長い年月が経つことで保存が厳しくなり、解体されてしまっています。運が良ければ説明のための説明板などが残ることもありますが、ものによってはそこにそういうものがあったという記録すら残らないこともあります。

昨年も、こんな記事が新聞に載っていました。

自分が通っていた中学校の学区にある建物なので何度も横を通ったことがあり、ちょっと変わった感じの建物だなぁとは思っていましたが、これが戦争遺跡だったとは知りませんでしたし、最近通りかかったら解体はとうに終わっていて、普通の家を建築中でした。

他にも、石碑が刻んであるけれど、なんて書いてあるか分からなくなってしまっているものもちょくちょく見かけます。過去と現在をつなぐこうした遺跡、なるべく次の世代に残したり伝えたりしていきたいものですが。

建物の中の紹介を続けましょう。

【まさに霞ヶ浦沿いにあったんですね】
【よかったらアップにして見てください】

一つ目の部屋ではこうして、この施設の意味や価値についての展示がされていました。

次の部屋はこんな感じ。

【写真がたくさん飾られています】

こちらの部屋では、廃墟写真展が行われていました。『廃墟景観シンポジウム特別写真展』だそうです。日本国内のみならず世界各地にある有名な廃墟の写真が紹介されています。

日本だと有名なのは、奈良ドリームランドというところらしいですね。この写真展で初めて知りました。

ただ、このドリームランドも既に地上物は撤去されており、現在は更地になっているようです。写真で記録されているものだけが今は残っているのか。ただし、近くには他にも興味をひくものはありますが。

Googleマップより】

赤で囲んだあたりがドリームランドの跡地のようですが、右側の青で囲んだところもちょっと興味を引きますよねw

そしてさらに驚いたのは、Googleマップをちょっと引きで見てみたら、ここ、けっこう奈良でも中心地に近いところだったんですね。

【黄色のところはだいたい行ったことのある所】

今度奈良に行くことがあったら、東大寺よりも監獄にまず行きたいです。ていうか、今までこれっぽっちもアンテナに引っかかってきてませんでした💦

【これらの廃墟写真も素晴らしかったです】

別の部屋には、特攻隊の隊員だった方の記事や遺品が。

【加藤亀雄さんという方の記録でした】

【見てると涙がこぼれそうになります】

この旗は、いろんなところに残されていると思いますが、これを受け取って戦地に赴いた方々の気持ちや、これに一筆ずつ書き込みをした方たちの思いなど、想像するだけでたまらない気持ちになります。

【廊下の天井が高いですねぇ・・・】

別の部屋には、こちらを使って撮影が行われた映像作品のパネル展示が行われていました。

ラーゲリより愛を込めて】

仮面ライダー BLACK SUN】

【映像研には手を出すな!】

スピッツ空も飛べるはずのMVが撮影されていました】

【2階でも別の展示がされていましたが】

2階の展示は、いろいろ工夫を凝らされていて、作品という感じだったので、あまり撮影して載せるのもなぁと思ったのと、けっこう暗くて、なにか別のものが写りそうだなぁと思ったのとで、写真は撮らずじまいでした。気になる方はぜひ行ってみてください。

【外に出てきました】

【建物の裏手には神社と築山があったそうです】
【折れた電柱も、なぜかポイントに】

【先で待つのは煙突など】

最初にこの煙突を見た時には、ここは工場の跡地かなと思ってました。あちらには何があるんでしょうか。

といったところで、続きはまた明日です。

2024GW後半戦は1都2県の旅 ~軍の遺構と思わぬ出会い~

今日は比較的早く帰ってきたんですが、ロッテ=日本ハム戦がBSで放映されていたので、それを見ていたら、延長12回引き分けで4時間2分という試合になってしまいまして。結果こちらへの取りかかりが遅くなるという💦

というわけで、ちょっと急ぎ足で更新を済ませようと思います。もう23時半になっちゃいましたし。

霞ヶ浦を30km走って、折り返して30分弱。行きに見つけて気になったところがあったので、休憩を兼ねて寄ってみることにしました。

【映画ロケ地とあります】

【拡大してみました】

ゴジラー1.0と書かれています。

これですね。第96回アカデミー賞で、邦画・アジア映画史上初の視覚効果賞を受賞した作品として大きな話題になりました。見てませんけど💦

それで、ここが本来何の施設かというと。

【ほほう】

これはちょっと、寄らなきゃならないようだぞと思いまして。

【遺構見学コースとあります】

観光いばらき公式ホームページには、以下のように説明がありました。

旧海軍の「鹿島海軍航空隊」跡地を整備し、国内唯一の希少な戦争遺跡群公園として令和5年7月22日より一般公開しています。
園内には司令部庁舎などが当時の様相のまま残存しており、映画やドラマのロケ地として多くの作品が撮影されました。
映画「映像研には手を出すな」の聖地巡礼ツアーなどでは国内外から多くの方が訪れています。

ゴジラのみならず、「映像研には手を出すな」のロケ地にもなってるんですね。これも見てないけど、話題になっていたので名前だけ知ってます💦

それにしても、戦争遺跡群公園って珍しいネーミングですね。でも確かに、こんなところ他にあるんかいなって感じの場所でした。

他のサイトの説明も見ると、四半世紀にわたり放置され、廃虚となっていた戦争遺跡で、一時は取り壊しの方針も出ていたそうです。しかし、クラファンなどで資金を集め、保存されることになったとのこと。

【まずは、ただの倉庫かと思いきや】

こちらの建物は、当時、自動車車庫として使われていたものです。間に柱を使わずに広い空間を得られるように、骨組みの組み方が工夫されているそうです。

中にはプレハブ式の倉庫が2つ並んでいて、片方ではカレーなどの食事が提供されており、もう片方では物品販売や見学の受け付けをしていました。こちらでひとり1000円払うと、謎解きをしながら敷地内を巡ることができる用紙をもらえます。それらを片手に、敷地内を巡ってみることにしました。

【当時使われていたローラー】

昔はこういうのでグランド整備をしたんですよねぇ。自分の中学の時には現役で残っていたような気がしますが、最近はとんと見かけなくなりました。

【ただの塀では・・・】

こちらも戦争遺跡として残されています。何かというと、当時のまま残されているコンクリート塀なんだそうで。何気なく見えているものが、80年以上前のものだと知ると、これはこれで驚きです。

【こちらが案内用の掲示

こうした掲示がそこかしこにありましたが、クラファンで集めた資金はこういうのにも使われているんでしょうね。

では、看板の順路に従って行くとしましょうかw

国立科学博物館とな】

最初にこの看板を見つけた時は、「科学博物館の希少コレクションとかが保管されているところなのかな」と思ったんですよね。ここ、筑波からも近いし。

と思ったら、こちらのサイトに貴重な情報が書かれていました。

1990年代に独立行政法人国立科学博物館がこの地に「国立科学博物館分館」の建設を予定した

のが、どうやらこの看板の発端のようです。その後、土地の所有がどうなっていたのかは分かりませんが、2年前にはクラファンが始まって、昨年無事に大山湖畔公園として一般公開が始まったとのこと。ですから、こちらの施設が公開されて、初めてのGWに訪れたということなんですね。

昨日も書きましたが、当初はブロ友のタチコマンさんに教えていただいていた、『阿見町予科練平和記念館』に寄るつもりだったのですが、こちらでお腹いっぱいになってしまったので、今回は寄らずに過ぎてしまったというのが実際のところです。

さて、このフェンスの間に出入り口が設けられてまして、そこから敷地内に入ります。すぐあったのがこちら。

【今から84年前ですね】

てことは、今年は紀元2684年てことになるのかな。

こちらの説明にも書いてありますが、ゼロ戦というのはこの紀元2600年の下2ケタからとられたそうですね。

ところで、ここは戦争遺跡とは言いますが、戦闘機などの展示があるわけではありません。基本的にあるのは、廃墟群ですから。この後も、そんな感じの、もしかしたら地味に感じる画像が続くわけですが、眠くなってしまったので、本日はこんなところで終了いたします。

続きはまた明日です。

2024GW後半戦は1都2県の旅 ~カスイチはカス1/3でしたの前半~

このところ、職場でバタバタと、ていうのは言い過ぎですが、何人かが疲労からか発熱などで倒れて、ていうのも言い過ぎか。でも、体調が悪くて早退したり欠席したりというのが続いています。

なんとなく、職場全体的に疲労感も漂ってまして。大丈夫かなぁと心配な感じです。

まぁこのところ、ウィークデーの労働が4日、3日、4日ときてましたからね。久々の5日間労働で疲れが出てるんだろ、ってことにしておきましょう。あと1日頑張って、土日で英気を養うしかありませんねw

というわけで、自分も休養をとりたいところですが、まずはGW2日目の霞ヶ浦サイクリングの様子をお知らせしておこうと思います。ちょっと手短になるかもしれません💦

さて、谷田部東PAで目覚めたら、朝食を食堂でいただこうかと思っていたのですが、思った以上にがっつり系のご飯でして、さすがに重いかなと。まぁ私は大丈夫なんですが、かみさんと小僧は無理っぽかったので、トイレだけ済ませて出発し、途中のセブンイレブンで食料を調達してから、目的地の霞ヶ浦総合公園へと向かいました。

【アミティがもう1台いました】

最初、上の写真の駐車場に停めたのですが、それほど広くないのと、隣接する霞浦の湯に来るお客さんが利用できなくなってしまうなと思い、もう少し奥のテニスコートの駐車場へと移動しました。

【テニスコートの建物】

【左と後ろが空いているという最高の駐車場所をゲット】

【上から見るとこんな感じ】

最初、右下のオレンジ丸のところに停めたのですが、青丸のところに移動。でも、長時間駐車しても一番迷惑にならなさそうだったのは紫の駐車場でした。中央部に屋根が見えるレストハウスやトイレにも比較的近くでしたし。

ちなみに、手前にある体育館のところにも駐車場がありましたが、この日は中学校のバレーボール大会があるということで、ちょっと使えなさそうでした。紫の駐車場は、帰ってきたときにもけっこう空きがあったので、サイクリングで長時間車を停めておくのならここがよさそうです。

というわけで、こちらで駐車後、食事・トイレを済ませてから出発準備をして、9時半ごろ出発をしました。ちなみに、この時点では一応カスイチといって霞ヶ浦一周を目指す予定でしたが、20kmほど走った時点で断念しました💦 いくらなんでも、練習走行もほとんどなしに100km近くを走るのは無謀というものです。

とはいえ、まずは出発。

【しばらくは車道の左端を走ります】

【そのうち、霞ヶ浦沿いのサイクリングロードに入りました】

【釣りの方がたくさんいらっしゃってましたね】

【サイクリングロードには矢羽根の案内がずっとあります】

【ここまで行けたらちょうど中間点くらいだったんですが】

阿見町予科練平和記念館の隣を通ります】

この予科練平和記念館は、旅立つ前にタチコマンさんからおすすめとして教えていただいてたところなんですが、別の施設にどっぷり浸かってしまったため、今回は寄ることができませんでした。今度、カスイチリベンジとともにこちらにも寄りたいです。

【左側は陸上自衛隊土浦駐屯地】

たまたま走ったあたりがそうだったのかもしれませんが、霞ヶ浦には自衛隊や軍隊の関連施設がたくさんある(あった)んだなということも、行ってみて初めて分かりました。

【こんな看板も 一瞬、なんて物騒なと・・・】

しかし、サイクリングロードは、そんな雰囲気もまったくなく、ひたすら霞ヶ浦の静かな湖面を眺めながらのサイクリングが続きます。

【ところどころ異なるものは出てきますが・・・】

【基本的にはこの風景がひたすら続きます】

これがですね、このサイクリングロードの魅力でもあり欠点でもあります。ホント、ひたすら風景が変わらないんですよ。片方に霞ケ浦、片方に田畑。

いや、風景としてはとてもいいんです。ゆったりとしていて。

でも、ひたすらそれが続くと、だんだん飽きてくるんですよね。

これ、水曜どうでしょうのヨーロッパリベンジ北欧編で同じことがありましてね。もちろん規模は違いますが。北欧の美しい風景も、それがひたすら続くと飽きるということで、放送時のサブタイトルには『〜美しき国々の人間破壊〜』とつけられていたほど。

ですから、たまに現れるこうしたアクセントに少し助けられるわけで。

【カーブしますよ みたいな】

あとは、田畑といっても、田んぼとレンコンの畑?沼?がとても多かったです。

【こちら、レンコン】
【田んぼは田植えの季節でした】

農家の方々にとって、GWってのは作業を進める絶好のシーズンなんですよね。静岡でも、お茶農家は親戚もかき集めて茶摘みにいそしむのがGWです。なので、お茶農家の関係者に会うと、「GWは茶摘みをした記憶しかない」「茶畑をやめないとどこかに出かけるなんてできない」という話題が後を絶ちませんw

【途中、きれいな駐車場とトイレが】

【こちらの施設には後で寄ることに】

【水田がきれいです】

さて、冒頭でも紹介したように、20km、約1時間走った時点で、今回はカスイチをあきらめました。というのもそこまで進んできたら小僧に疲れが出てしまい、ペースを落とすことに。

【21kmからペースを落としました】

そして30km手前のセブンイレブンまでは頑張りましたが、そろそろ戻った方が良さそうだなということで、とりあえず30kmまでは頑張り、引き返すことにしました。まぁそれでも、60kmは確定ですから、余力があるうちに引き返さないと大変なことになります。

セブンイレブンにいたツバメ スワローズにあやかりましたw】

【この橋で28.2km】

【この少し先で折り返すことにしました】

【今回はここまで あと30km、頑張ろう】

【休憩も入れて2時間ちょっとかかりましたね】

実は、自分も久々の自転車だったので、かなりお尻にキテまして。自分のペースではないというのも影響しますね。自分だけで走っていれば、このタイムで霞ヶ浦の半分は進むことができますから。

というわけで、往路はここまで。続きはまた明日です。

2024GW後半戦は1都2県の旅 ~試合終了後もいろいろ楽しみながら都内脱出w~

おっと、今日はハムさんもヤクルトさんも勝利。ハムさんは19安打12得点。19安打は新庄監督になってから最多の記録。2ケタ得点は今シーズン初と大当たりの日でしたね。

かと思えば、ヤクルトさんは村上選手が最年少200本塁打を記録。加えて先発の新人松本健吾投手がデビュー戦初完封勝利。2リーグ制以降の新人の初先発初完封は15人目。球団の新人投手では72年ぶりの快挙だそうです。

【しかし、ソフトバンクは負けないな・・・】

ハムさん、2年連続最下位でしたが、今年は現在2位と好調。このままソフトバンクを追いかけて頑張ってほしいですね。ヤクルトも5位とは言え、1位の巨人とは4ゲーム差。ハムさんとソフトバンクは3.5ゲーム差ですから、大差ありません。こちらも、まだまだこれから頑張ってほしいなと。

さて、試合を終えたら、この日残るのは移動。翌日の霞ヶ浦サイクリングに備えて、東京を脱出し茨城へと移動します。ただし、夕食を食べたりお風呂に入ったりも済ませながらになりますので、その様子をば。

ヒーローインタビューなども終り、ヤクルト側のみなさんの退場が始まりました。その分、1塁側の出入り口が混雑していたので、反対側の3塁側出口までスタンドを移動してから退場することにしました。なんせ3塁側は、もうほとんどの中日応援の方がとっくに帰路についてますから空いてるのです。

【途中見かけた特別シート これはいいですね】

【グランドではこの後の親子イベントの準備をしていました】

こうした親子イベントも、楽しめるのは子どもが小学生のうちなんですね。中学生になったら、途端にこうしたものに興味を見せなくなりました。だんだん大人になっていくんだなぁと思うと、寂しくもあります。

【右側はまだ人がいますが、左側はほとんどいません】

【次の日は延長12回、7対7の引き分けでした】

さらに3連戦の3戦目は6対3で中日の勝利。ヤクルトは3安打しか打てませんでしたから、完敗です。となると、この1日目の試合が見られてラッキーだったなぁと思います。

さて、階段の下にはお店が並んでまして。どことなく競馬場の雰囲気とも似ていて、懐かしい気分になりました。かみさんがトイレに行ってくるというので、しばし待機しながら写真を撮ってました。

【次回はここで食事を入手したいな】
【選手おすすめメニューに、メガビールですからね】

せっかく応援用の傘も買いましたし、とある筋からユニフォーム(しかも限定らしい)をいただけることになったので、これは年に何回かは神宮に行くことになるかもしれませんw エスコンには行けて年1ですから。

さて、帰路は来た時に使った信濃町駅でなく千駄ヶ谷駅に向かいます。なぜなら道中にこちらがあったから。

【これはなんともオシャレですね】

【場所自体は変わってないと思うのですが】

【大きさが、若かりし頃の記憶とは比べ物にならないほどでかい】
【通路にはメダリストを記録した板が貼られています】

【ここはパラリンピックのゾーンでした】

オリンピックのゾーンも探して1枚1枚じっくり見たかったですが、延長までもつれこんで時間も遅くなっているので、さすがにそれはできませんでした。

代わりに見に行ったのはこちら。

ホープ軒は変わらぬたたずまい】

ホープ軒は、背脂入りラーメンのお店として、昭和35年から(現地では昭和50年から)営業しています。24時間営業というのが驚き。学生の頃は、大会で千駄ヶ谷に来るときにこちらに寄るのが楽しみでした。

ちなみに公式サイトを見ると「近くにコインパーキングあり」とありますが、近くで見たコインパーキング、こんなでしたからね。

【60分じゃなくて10分かい 1時間にしたら1800円!】

急いで食べても、この駐車場からホープ軒への往復とラーメンを食べる時間を考えたら、30分弱はいくでしょうから、900円はとられちゃいそうです。

さて、こうして国立競技場を見たら、千駄ヶ谷駅へ。

 

東京体育館の前を通ります】

そういえばこの東京体育館のプールは水がとてもきれいで、50m向こうの壁までくっきりと見えるんです。何度か、その水のきれいさに感動したくて泳ぎに来たことがありましたw

さて、千駄ヶ谷に到着。

【そうそう、千駄ヶ谷のもう一つの顔は将棋会館ですね】

将棋の世界を描いた漫画、『3月のライオン』とか『月下の棋士』にも、千駄ヶ谷駅はよく出てきていました。

プラレール展示がいろんな駅で行われてたようです】

だめだ、最近はこうした、ぐるっと回ったり、高低差があったりすると、ミニ四駆のコースに見えてしまう・・・

【帰りも総武緩行線に乗り】

荻窪に到着して、夕食を食べに行ったのはこちら。春木屋さんです。

荻窪ラーメンの中心として名高いお店です】

それこそ、自分が学生でこちらの方にいたころは、ラーメンがブームになりつつあったころだったので、こちらの春木屋さんにもずっと行ってみたいと思っていましたが、なかなかその機会がありませんでした。今回ようやく夢がかなったという感じです。

【最後まで熱々のスープでした】

猫舌の私、実はこの時に舌をやけどしました💦

というのも、あっさり系の醤油ラーメンに見えて、スープの上にはうっすらと油の膜が広がっているんです。こうなると、脂がふたの役割をしてなかなか冷めなくなるのですが、最初気付かなったので勢いよくズルズルッとすすったら、「あちちちっちち」となりまして。

最終日まで、少々痛みと違和感が残っていたのでした💦

ちなみに、味は「懐かしの味」といえばいいでしょうか。ただし、麺もチャーシューもスープも、どれもレベルの高い状態を維持した「懐かしの味」です。またリピしたくなる美味しさでした。

で、入るときは1組だけ待ってすぐに入れたのですが、出てきたら10人くらい並んでいて驚きました。

夕食を終えたら、駅前のドンキにちょっと寄り道。小僧の乗る自転車にライトがついていなかったので、ドンキで購入してすぐに着けてしまうことにしました。駅の反対側の駐輪場に戻って、暗い街灯の下で作業を済ませたらアミティへ。裏道を使って、なるべく安全に移動できるようにしました。

無事到着後は自転車を積み込んで、銭湯へ。近くにコインパーキングがありそうな銭湯を探した結果、こちらにお邪魔することにしました

今年の3月にリニューアルオープンしたばかりということで、きれいな内装の入り口や更衣室になっていました。奥のお風呂は昔ながらの感じでしたが、空いていてのんびりできました。

【520円 安いです】

【下足入れも新しめ】

【パンダ湯という絵本とコラボしているそうです】

【風呂上がりにはこちら】

うっかり表の写真を撮り忘れました💦

さて、お風呂でさっぱりしたら、すぐそばの環八から関越道練馬入り口へと移動し、外環と常磐自動車道を経て、こちらのPAを2泊目の仮の宿としました。

【矢田部東PAです

【夜は自販機しか動いてません】

マックスコーヒーを見ると、関東に来たなぁと感じますw】

ちなみにこの段階だと、長袖Tシャツでも寒いくらい。地元は夜でも寒いと思うことがしばらくなかったので、油断していました。関東の郊外は意外と涼しいんですね・・・。

といった感じでようやく1日目が終了。2日目は明日からです。

2024GW後半戦は1都2県の旅 ~2回目のプロ野球観戦は劇的終末~

今日、職場で新人さんと話していたら、今年の新卒の皆さんは、大学入学1年目がちょうどコロナの真っただ中だったんですね。最初の半年は、授業もリモートばかりで友達もいるわけではなく、せっかく家を借りてたけど寂しくて、実家に帰っていたそうです。

それにしても、先日も書きましたが、今となっては

「コロナってなんだったんだ・・・」

という感じがしますね。人と人が自由に会えない、外出もままならないということが、現実に起きるなんて思ってもいませんでした。早く終わらないかなぁとそればかり考えていましたが、いざ終わって(5類に移行して)みると、コロナを境に様々な物事が変わり、以前の状態にまでは戻らないものも多くあります。コロナの後遺症に苦しんでいる方もいらっしゃいますから安易な物言いはできませんが、コロナによって過ごしにくくなったなぁと思うことが多々ありますね。

お店によっては今でも『感染予防』をうたっているところもありますし、そうした声を以前なら「神経質だなぁ」で済ましていましたが、そうした声にも耳を傾けなければいけないことが多くなりました。あとは「エビデンス」とかで、いろんなことに説明と理由を求められるようになったなぁと。

いわゆる、鷹揚さというか余裕がなくなってしまった気がします。ってのは、オフ会でシンさんともお話ししてたことなんですけど。

そのすべてがコロナのせいではないかもしれませんが、コロナを機に急加速した感は否めません。ホント、迷惑だったなぁと。

それでも、ある程度戻るところは元に戻って、こうして野球観戦を楽しめるようにもなったのはありがたいことでもあります。と、強引に方向転換をして、プロ野球観戦の様子を記録しておきましょう。

先にこの日の結果をあげておくと、このようになります。

【安打数を見たら、ヤクルトが勝つ試合じゃないですねぇ】

【天気にも恵まれました】

【初回から点が入って東京音頭

【この風景を見る日が来るとは】
【1球ごと球速の横に広告が出る仕組みでしたw】

1回から3回まで、ヤクルトは毎回1点ずつを挙げましたが、実は中日も毎回同じだけの安打を放っていました。それなのに、中日は点を取ることはできず、ヤクルトは2回にノーヒットで点が入るなど、恵まれた試合展開で3対0とヤクルトリードで中盤へ。

ところが、ここからヤクルトの打棒はお湿り状態に入り込んでしまい、フォアボールのランナーは毎回出るもののヒットは出ず、延長10回までノーヒット。

【途中で応援用の傘を買いましたが、なかなか出番がありませんでした】

対照的に中日は毎回のように安打でランナーが出ます。そしてついに7回には4連打でまず1点。さらにダブルプレーの間に3塁ランナーがホームインして3対2となります。さらに次の8回には中田翔選手のHRが飛び出し、同点に。しかも、9回表にもヒットやフォアボールでツーアウト満塁と、この回からマウンドに上がった石山投手を攻め立てますが、あと1本が出ず同点のまま延長に。

【中田選手のホームラン】

10回はともに3者凡退。仲良く2三振といったんゲームは落ち着いた感がありましたが、11回の表、ワンアウトから村松選手がヒット。ちなみに村松選手は高校の後輩にあたりますが、この日は5打数5安打と大当たりでした。敵ながらあっぱれ。さらに送りバンドと敬遠でツーアウト1・2塁のチャンスでしたが、次の打者を外野フライに仕留めて難局を乗り越えます。

【この日5打数5安打と大当たりだった村松選手】

【後輩にはやはり無条件で頑張ってほしいです】

【延長戦に入った頃には、夕暮れも迫ってきていました】

すると11回の裏。劇的なフィナーレが待っていました。

先頭の中村選手がヒットで出塁すると、途中から交代してセンターに入っていた塩見選手が、初球152km/hのストレートをひっぱたきます。ボールはバックスクリーンに向けてグーンと伸びると、そのままセンター細川選手の頭上を越えてスタンドイン。サヨナラツーランとなりました。

【手荒い歓迎ってやつですね】

選手の皆さんはもちろんですが、スタンドでも大盛り上がり。全く知らない、たまたまこの日席が前後だった他のお客さんと、みんなでハイタッチw コロナの頃だったら、こんなことできませんでしたからね(と前置きを回収してみる)。

この日は3回に村上選手のホームランも飛び出していて、両チーム合わせて3本のアーチを見ることができ、最後にサヨナラアーチで締めくくるという、非常に見ごたえのある4時間6分の試合となりました。

【3回の村神様のホームラン】

【ヒーローインタビュー】

【サヨナラアーチの塩見選手】

【レフトとライトのスタンドの人口密度の差w】

試合が決まったら、早々にドラゴンズファンの方々は引き揚げ始めまして、レフトスタンドがスカスカになる中、ライトスタンドと1塁側は劇的な勝利だったこともあって、ほとんどのお客さんはしばらく居残り状態でしたw 最後には東京音頭を歌って締めだったかなぁw

さて、野球とはあまり関係ありませんが、この日印象的だったのは、頭上を飛んで行くたくさんの飛行機。風向きの影響なんでしょう、羽田空港に着陸するためのコースになっていて、数分に1本の割合で飛行機が頭上を通過していきました。

飛行機が飛んで行くのを見るのが珍しい静岡県民は、ついつい飛行機に気を取られてしまいますw

【この時は2機がランデブー】

【こんな風に試合中の頭上を飛んでいきます】
【ついつい眺めてしまいます】

その他、簡単に記録として。

【球場グルメのカツサンド、うまかったですよ】

【終了後もしばらく盛り上がりは続きます】

【ショップもたくさんあって楽しいですね】

【途中でかみさんはこちらへ】

そういえば、昨年のエスコンでもそうでしたが、かみさんがこうしたショップに来たり、ビールを買いに行ったりして席を外していると、ホームランが出て盛り上がるというジンクスがw 昨年は万波選手、ことしは村上選手のホームランでした。

【食べ物もおいしかったです】

【暑かったせいもあって、サーティーワンが人気でした】

今日は、あまりうまくまとまりませんが、整理しようとすると長くなりそうなのでこんなところで。続きはまた明日です。