よい天気に恵まれました。


よい天気に恵まれました。




秋、恒例のオフ会です。
外での一次会は21時過ぎに終了。ただいま室内に場所を移して、二次会です。
昨夜の腹痛はいろんなところに尾を引きまして。
結果、ただいま寝不足と疲労に襲われているという状態です💦
まぁしかし、ランのハイペースは、トレーニング的には追い込むことができたので、しっかり休めば力を上昇させることにつなげられると思います。三連休に備えて、という意味でも早めに寝て体力回復に努めたいと思います。
さて、岩村の街並みは、折り返して元の道を戻りながら復習です。


改めて見ると、そこかしこにあののれんがかかっていたんですね。もう少し注目して見てくればよかったなぁ。これも、予習不足がなせる業です💦

酒店とあるので、角打ちでもしているのかな?と思いましたが、どうやら五平餅が人気のお店だった模様。
グーグルマップで調べてみたら、『あまから』というお店が、酒屋さんに間借りするような形で五平餅を売っているようです。また、この『あまから』というお店は、隣町の恵那にお店を構えているようで、イベントに出店したりもしているとのこと。五平餅界では有名なお店なのかもしれません。
と、そんなことはつゆ知らず、すぐ横をスルー・・・


地元でも、時々見かけるこの手の看板ですが、特にフォーマットもないとは思うのですが、グーグルマップでも掲載されていない情報が載っていたりして、ついしげしげと眺めてしまいますw
誰がどうやって作ってるんだろう。


よく見たら、左側の戸袋?の意匠がまた素晴らしい。緑の手入れもよく行き届いています。





NHKオンデマンドで探してみたら、見ることができました。10分くらい時間をロスw
いや、ロスと言っちゃいけませんね💦
こちらの広場でようやくかみさんと小僧に追いつき、ここからは3人で移動です。




VIVANTのモニュメントがある枡形のすぐ隣に、こんな貼り紙があるのに気づきました。まさに、この岩村の街並みを使った場面で出てきた、料亭のシーンで使われたテーブルがあるとのこと。
料亭の入り口のシーンは数秒でしたが、別のところで収録されたはずの料亭で、岩村で作成されたテーブルが使われるとは、粋じゃないですか。






この、目ン玉が飛び出るような値段の一枚板は、上の3枚並べた写真の真ん中のものになります。



このシーンのためにだけ作られたということでしょうか。VIVANTって、潤沢にお金を使ってますね。これはすごい。

そして、行き損ねていたカステラのお店にようやく入店。


プレーンは550円と、お手頃価格です。




というわけで、今日はちょっと駆け足で。続きはまた明日です。
プロ野球が全日程を終えまして、驚きの知らせが2つほど。
まずは、佐藤輝明選手が三冠王です。今年はすごいなと思っていましたが、まさか三冠王を取るとは思ってませんでした。
そして、工藤公康さんが、来シーズン中日の監督になるとは。
そういえば、出身は愛工大名電だから、愛知出身なんだろうなと思ったら、やっぱりそうでした。だとすれば、低迷する故郷の入団を立て直そうと快諾するのも不思議はないかと。
さて、VIVANTのモニュメントも見つけましたが、道程的にはここが街並みの真ん中あたり。さらに先へと進んでみたいと思います。


恐らくですが、右側の入り口からお店に入って、中で食事をすることもできるし、左側の窓で食べ歩き用に購入することもできるようになっているのではないでしょうか。
地元にもこのタイプのお店がありますし、昔はけっこうそこかしこにあったような気がして、懐かしい気持ちにもなります。
と思って、グーグルマップで確かめてみたら、想像以上に素敵なお店でしたw 今回は寄る機会がありませんでしたが、また行くことがあったらぜひ寄ってみたいです。

こうした古い町に行くと、気になるのは通りから入っていく、地元の方々の生活のための道だったりします。上の写真のような曲がり方をしていると、もうたまりませんね。今の道は利便性のために(と言ってもそれはとても大事なことなのですが)まっすぐであることを基本に作られますが、それとは対極にあるような、自然の土地のうねりがそのまま残ったような道は、そのまま歩いて行けるところまで歩いてみたくなりますw

連続テレビ小説「半分、青い。」の舞台になった時に、『ふくろう商店街』という名前で放映されたんですね。

こんな、お店の看板も懐かしさたっぷり。


どちらも店じまいされているようですが、地域の方に欠かせないお店であっただろうことが想像できます。
途中ふと、瓦が気になったりもしまして。




検索してみたら、今もある『ノーリツ』が出てきました。どうやら最初は、『能率風呂工業株式会社』という名前だったようです。先ほどのグンゼやコーセーとともに、今も私たちの生活を豊かにしてくれている会社のひとつですね。


岩村には、カステラを名物にして売るお店が3軒あります。1軒は、実はすでに通り過ぎておりまして、この後戻りながら寄りました。2軒目がこちらの松浦軒本舗さんです。
下調べなしで来てしまったので、行ってみて初めてカステラが名物であることをしったという体たらく。結局、こちらのお店のカステラは買いそびれてしまいました。いずれ忘れ物を取りに行かねばならないですねw



なんのお店だったのかは全く分かりませんが、こんな構えの食堂があったら、ついつい入ってしまいそうな気がします。


こういうお店って、お店の人とお客さんとの間が近い感じがするのが、気になる理由かもしれません。
途中細い道との分岐点があって、道標の石が建っていました。


とりあえず、街並みのラストまで歩いてみようと思います。

街並みを守るためには、いろんな工夫があるものです。


こちらのお宅、窓枠以外にも、家の前に飾られた緑の色が、家の木の色とマッチしてますし、雨戸をしまうための戸袋、縦の木がたくさん入った玄関の戸、紺色ののれんなど、ひたすら日本の住宅だなぁと感じ入ってしまいました。

どちらも同じような場所にマークが入っているように見えますが、ここにはどうやらのれんを作った方の名前が入っているようでした。
見返してみると、1階が車庫のお宅、表の鉢植えがきれいだったお宅、元食堂っぽいお宅、ふくろうがのれんについていたお宅と、どこも同じのれんがかかっていました。途中で気が付いたのですが、そちらを中心にもっと写真を撮ってくればよかったかも。
と、そしてここがどうやら街並みの終点。




さて、先ほど急にお腹が痛くなりまして、トイレにしばらくこもっておりましたが、涼しくなってきたこともあってか、ちょっと不穏な空気です。冷えないようにして、そろそろ寝どこに行こうと思います。
続きはまた明日です。
祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
と平家物語にあるように、この世の全てのものは移り変わりゆくもので、どんなに勢いが盛んな者も必ず衰えるわけですが、このところ、昔なじんでいたものが無くなることが多いなぁと、淋しく感じることも多かったりします。
というわけで、ここ数日のニュースでビックリしたのが、トイザらスの民事再生法適用申請。
小僧が生まれてからしばらく、小さい頃は、市内にあるトイザらスや併設されているベビーザらスのお世話になったものです。おもちゃはもちろん、おむつなどの消耗品などもよく買いに行きました。
その後、引っ越しをしたり小僧が大きくなったりコロナがあったりで、ここ何年かは訪れることもなかったのですが、我が家が3人になった初期の頃の思い出の場でもありますから、驚きもあり淋しくもありといった心持ちになったわけです。
それにつけても、ネットの影響の大きさよといったところですね。ネット通販で売られているものを扱うお店は、ことごとく影響を受けているでしょう。
しかし、平家物語の言葉を借りれば、そのネット通販も久しからずとなるのかな。
次に来るものは何なんでしょう。
さて、岩村の街並みの続きです。諸行無常とはいえ、こちらはよく整備されて古き面影を十分に残してくれています。




こちらは旧十六銀行の建物を再生利用したものになります。中には観光案内所や地元産品を売る「えなてらす、いわむら」が入っています。
木村邸をのんびり見ている間に、かみさんと小僧にはおいていかれたため、こちらは駆け足で見学。



実物はどこに・・・と思いましたが、こういうところにあるんですね。

ま、買う人がいるから転売はなくならないわけで、利口に立ち回るのならその方がいいのかもと思うこともあります。
でも『驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし』ですからね。長く続くものではないと信じたい。
そんなことを思いながら、街並みを眺めて歩きます。


木村邸に続いて、土佐屋さんにも入ってみました。染物業を営んでいた商家だそうです。


この他に、畳の縁や神社や寺院の門の敷居も踏まないようにとよく言われます。大事なことですから、覚えておいてほしいなぁと思います。







ちなみに、木村邸と土佐屋さんは、通りを挟んで反対側にありますから、この土佐屋の疎水は木村邸を流れていたものとは別のものになります。上の説明の通り、4本の水路が通っていて、総称して天正疎水と呼んでいるようです。
今回見たのは2本でしたが、どちらもそこそこ勢いのあるきれいな流れが保たれていました。昔はここで、ものを洗ったりしていたのでしょう。
右の写真をよく見ると、疎水のほとりまで行って作業ができるように、流れ沿いに大きな石が埋め込まれていますね。




地元静岡市の由比という地区にも、『正雪紺屋』という紺屋さんが残っています。あの由比正雪の生家なのだそうですが、今でも残っている仕事場の風景は、こちらの土佐屋さんにそっくりです。


この辺りで、かみさんから電話が入り、だいぶ先へと進んでいることが発覚。街並みの写真を撮りながら歩を進めました。






岩村の町は、中山道に近くはありますが、10kmほど離れており、街道沿いに広がっているとは言えません。疎水が街を貫くように流れていて、その流れもそれなりの速さがあることからわかるように、平たんではなく斜面に沿って町が広がっており、上に進むと最終的に岩村城へとつながります。
岩村城は、大和の高取城(奈良県)備中の松山城(岡山県)と並ぶ日本三大山城の一つに数えられる名城です。城は江戸諸藩の府城の中でも最も高い所(標高717m)に築かれ、高低差180mの天嶮の地形を巧みに利用した要害堅固な山城で、霧の湧き易い気象までも城造りに活かされており、別名「霧ケ城」ともよばれています。(恵那市観光協会岩村支部より)
つまり、岩村の町は城下町であり、城へと続くメインストリート沿いに家々が立ち並んでいる。VIVANTを見ている方ならわかると思いますが、シャキ城を彷彿とさせる立地とも言えます。
そのため、家並みの途中には進軍の勢いを止めるための桝形が設置されています。

その桝形のところに、こつ然と現れるのがこちら。



家族とはぐれて一人だったので、撮影している方たちをモチーフにさせていただきました💦
元々は、木村邸とこのモニュメントがメインディッシュというつもりでしたが、街並みの素晴らしさに、そちらの方がメインディッシュになってきました。そんなわけで、さらに街並みを味わいながら進んでいきます。
続きはまた明日です。
最近、真田丸をBGM的に流しています。

理由の想像はつくと思いますが、VIVANTの主演を務めている堺雅人さんが主人公の真田信繁(幸村)を演じています。それから、VIVANTに出演していてそれぞれ存在感のある役割を務めている小日向文世さんと迫田孝也さんも真田丸に出演。
物語が違うので、当然、役柄と関係性が異なりますが、VIVANTでは堺さんから拷問を受ける役回りの迫田さんが、真田丸では忠実な部下を演じていたり、真田丸では信繁の直属の上司とも言える秀吉役を演じていた小日向さんが、VIVANTでは(今のところ)同じ組織、そして同じ会社の先輩として堺さんと絡んでいたりといったところを、勝手に入れ替えて楽しんでます。
「三十郎、そのうち信繁にてひどい折檻をうけるはめに・・・」
「長野専務、最後はなんだか淋しい終焉を迎えたんだよな・・・」
などなど。
それにしても、10年前となるとキャストの皆さんがやっぱり若々しいですね。長澤まさみさん(静岡出身)は20代ラストイヤー。今もお美しいですが、この頃はキュートという感じもあります。
さて、そんなVIVANTの聖地巡礼に参りましょう。
トイレに寄ったついでに、岩村の町の案内図をもらってきたのですが、そこに書かれていた言葉を見てついつい納得してしまいました。
はい、この岩村は『伝統的建造物群保存地区』通称『伝建』に定められています。
これまでにも何カ所か訪れていて、ブログにも紹介していました。
この他にも、
などをこれまでに訪れていました。
というわけで、今回は14カ所目の『伝建』地区となります。



通りに入って早速、VIVANTで登場した建物が現れました。
🔴#VIVANTep11 裏話⚫️ 乃木が”表の顔”として働いている 丸菱商事の長野専務と坂本社長が会食した 岐阜県恵那市岩村城下町🏯 撮影には200人以上の エキストラの方に参加していただきました👏 クレーンカメラも登場し大規模ロケに🎥 恵那市の皆さん、本当にありがとうございました。 #VIVANT NEXT 08.02 OA
— 日曜劇場『VIVANT』【公式】 (@TBS_VIVANT) August 1, 2026
こちらの建物は、木村邸。









通りに面した表の部分は、いろいろな人の出入りに対応できるように、広間があったり、帳場があったり、囲炉裏があったりとなっていました。
そこを奥に進むとおくどさんがあり、さらに奥には庭を隔てて蔵や建物がありました。















こうした古い住宅を見に来たら、この梁と木組みを見るのがとても楽しみです。専門的な知識はありませんが、この木が幾年も昔から建物を支えてきたのだと思うと、手を合わせたくなるような気持ちになります。

ドラマでは料亭の入り口として使われていたのですが、中は全く違って、古い商家のたたずまいそのものでした。昔から往来が盛んな場所だったのでしょう。
地元静岡も東海道の中にある商業の町ですから、こうした建物があったと思うのですが、大火事や空襲でことごとく焼けてしまったようで、ほとんど残っていません。なので、こうした建物には末永く残ってもらい、古の姿を伝えて逝ってくれるといいなと思います。
といったところで、続きはまた明日です。
1か月ほど前に、脳ドックを受けました。
別に何があったわけではなく、職場で「受けてきなさい」と指定されたからなのですが、今日家に帰ったら結果が届いていて、中にはこんな画像が100枚以上。

結果はどれも異常なしで、ひと安心。
それにしても、輪切りの写真を1枚1枚見ていると、自分のものとはいえ妙な気分になりますね。自分なのに知ることのできない自分の身体の中をこうして眺めることができるわけですから。
まぁ、眺めたところで、どこがどうなっているかなんてのは分からないわけで、ただただ「うぇ~」とか「ひゃ~」とか言いながら画像を送ったり戻したりしているだけなのですが。
とりあえず、もうしばらくは元気にお付き合いしてもらえるといいなぁと思います。
さて、5連休はとうに過ぎ去りましたが、2日目の9月20日。かみさんが行きたいというので、急遽向かったのは岐阜県恵那市岩村町。日曜劇場『VIVANT』のある場面で町並みがロケ地として使われたことで、一躍聖地となったところです。
正直「めんどくさ・・・」と思ったのですが、距離にして160kmほど。往復で320kmか・・・と考えると、「北海道でも日によってはそれくらい走ってたか」となり、ましてやアミティではなく120km/h巡行も可能な普通車で行くとなれば、それほど負担ではないかなと思い直し。
さて、経路を検索したところ、新東名を新城ICで下り、山の中を70km走るルートが最短で最速と出ました。70kmか・・・と思いましたが、ふと思って調べてみたら、静岡県中部に住む県民にとってはおなじみの国道52号線で山梨に抜けるルートがそれとほぼ同等という事が分かりました。


上記のルートだと、新城ICまでがだいたい90km。そこから岩村までが大体70kmです。新城までが1時間ちょっと、そこから岩村までが1時間半から2時間といったところでしょう。先が見えると、なんとなく気持ちも前向きになります。
というわけで、車内ではVIVANTをNETFLIXで流しながら出発。もちろん音だけで画面は思い出しながらですが、運転に飽きて眠くなることもなく走り続けることができました。
途中、休憩はICを下りてから岩村までの中間点にあるこちらの道の駅のみ。トイレ休憩に寄ったついでに、中を覗いてきました。








山あいの国道沿いの道の駅ですが、お世辞にも開けた土地とは言えません。近隣の方たちが大切にしている場所でしょうから、迷惑なお客さんはお断りとなるのも当然でしょう。
さて、ここから岩村は残り30kmほど。信号もほとんどないので、30分ちょっとで岩村まで移動することができました。
到着は12時45分頃。家を出たのは9時半頃でしたから、高速1時間、山道2時間、道の駅15分といったところでしょう。まずは腹ごしらえをということで、かみさんがネットで見つけたお店へ。


お店に入ってみると「ただいま満席でして・・・」とのこと。ただ、テーブルをさっと見ると、もう食べ終わっているご家族がいらしたので、少し待てば空くだろうということで、「外で待ちますよ」と伝えてしばし待ち時間。それならその間に私は車を駐車場に置いてきてしまおうと、いったんお店を離れたのですが、降って湧いたようなVIVANT人気+シルバーウィークの威力はすさまじく、すぐ近くの第1駐車場は10分ほど待ってみましたが全く空く気配がありません。それならと100mほど離れた第2駐車場に移動しましたが、こちらも満車。

それでも10分ほど待っている間に何グループかが戻ってきたので、これはいけるかな?と待ち構えていたのですが、乗ってからなかなか出発しない車ばかりで、この間のラーメンのようにイラッとしておりました。多分、次の行き先を検索しているのだろうと思いますが、乗る前にやっておけばいいのに・・・と思う自分はせっかちなのでしょうか。
幸いだったのは、これだけ駐車場で待ってからお店に向かっても、まだ食事が提供されていなかったこと💦注文だけは済ませてもらってありましたが、自分が着席してからでも提供されるまでは15分かかりました。ちょうどお客さんが入れ替わるタイミングで、注文が重複していたのかもしれません。





えなハヤシライスは、上の看板にあるように、3つの地元素材が使われています。古代米を食べるのはずいぶん久しぶりのような。お肉はプリプリしていて、ソースの味とも相まって、とても美味しくいただきました。


私たちの後に来て、外で待っている方たちがいましたからね。なるべく早く食べてお店を出るのがマナーってものです。昼食をゆったり食べたければ、アミティで来るのが一番ですね。
さて、食事をしたらトイレに行きたくなってしまったので、隣の第1駐車場のところにある公共施設にお邪魔しました。







施設はとてもきれいで、近所にこんな施設があったらいいなぁと思いながら用を足したのでした。
こちらの施設は、佐藤一斎という方について学ぶことができる『佐藤一斎 學びのひろば』というコーナーも併設されていて、時間があればそちらも入ってみたかったのですが、残念ながらスルー。初めて聞いた名前なのですが、幕末に活躍された方で、幕末の有名人たちとのつながりも色々あったようです。
後ろ髪を引かれつつ施設を後にし、岩村の町巡りへと出発です。
続きはまた明日です。