なぜか我が家に2冊の本が・・・

左は、先日の日曜日に、楽天のお店に行ったついでに、隣にあるショッピングモールの書店で私が購入したもの。
右は、小僧が学校の図書室で借りてきたものでした。
自分が中学生の時の図書室って、訪れる人もまばらで、自分も利用した記憶はほとんど無いんですが、今はこうした話題作もすぐに購入していて、生徒のリクエストなんかにも応えてくれるそうです。
なので、時々「図書室で借りてきた」という本が家にあったりして。
まぁ、私自身は、所有欲もあり、また読みたいと思ったときにすぐ手に取れるようにしておきたいというのもあり、借りるより買うのが基本です。だんだん難しい話も理解できるようになってきていた中学生の頃は、親父が好きでやはり買い集めていた、藤沢周平とか山本周五郎などの本を借りて読んでいたり、古本屋で1冊100円とかの文庫本を買ってきたりしていました。
今でも実家にそこそこの数が残っているので、何冊かは裏表紙をめくってみると、古本屋さんがつけた値段の数字が書かれているはずです。
ちなみに今回、こんな本も買ってきていたり。

小僧は小僧でこんな本も借りてきていたり。

どれもそれぞれ面白そうですw
しばらく、こうした紙の本は買ってなかったんですが、このところ急に紙の本を渇望というか、読みたくなりまして。
そのきっかけは間違いなくこちらの2冊なんですが。

やっぱり、紙の本の何がいいって、全体のどれくらいまで読み進めたかが感覚的に分かりやすいところですね。あと、厚みと活字の大きさから、どれくらい楽しめそうかなと言うのも想像がつきやすい。
電子書籍でも小説を何冊か買っていますが、読んでいても、一体今、どれくらいのヤマ場なのかというのが全く分からないんですよね。この盛り上がりはそろそろクライマックスかな?となれば、それなりの心の準備をして読んでいかなければならないのですが、進み具合をバーで示す電子書籍の方式だと、その感覚が今ひとつ働きません。
やはり、本を持つ手の感覚でないと、伝わらないんですよね。
五感とまではいいませんが、文字や本の厚みを見る視覚の他に、本の厚みを感じ取る触覚や、ページをめくる音をきく聴覚を使って読むのが読書の良さの一つなんだなと改めて感じます。
ちなみに、漫画だとその良さをあまり必要としないんですよね。連載ものを単行本にしていることがほとんどなので、定期的に小さなヤマ場は訪れてきますし、何冊にも分かれていることがほとんどで、1冊で完結していることってあまりないからだろうと思います。
1冊で完結しているものであれば、電子より紙の方がいいんだろうな。
と、ダラダラ書いていたら、今日の本筋である三千院のことを書いている時間が無くなってきました。
そう、宝泉院を後にした我々は、勝林院や実光院をスルーして、大原と言えば、の三千院へと進んだのでした。
けして、勝林院や実光院に興味が無かったのではなく、時間の問題だったので、そこは誤解無きようお願いしますw
まずは、公式サイトの紹介文を。
三千院は延暦年間(782‐806)に伝教大師最澄が比叡山東塔南谷(とうとうみなみだに)の山梨の大木の下に一宇を構えたことに始まります。
その後、慈覚大師円仁に引き継がれ、最雲法親王入室により、平安後期以降、皇子皇族が住持する宮門跡となりました。
寺地は時代の流れの中で、比叡山内から近江坂本、そして洛中を火災や応仁の乱などにより幾度か移転し、その都度、寺名も円融房、梨本坊、梨本門跡、梶井宮と呼称されてきました。
明治4年、法親王還俗にともない、梶井御殿内の持仏堂に掲げられていた霊元天皇御宸筆の勅額により、三千院と称されるようになりました。
とのことで、三千院という名称は明治以降のものだったんですね。それでは、さっそく写真をあげていきましょう。




聚碧園(しゅうへきえん)という名前だそうです。











ちなみにこのお地蔵様は、石彫家の杉村孝氏の手によるものだそうです。この方、隣町の藤枝市の出身なんだそうで。思わぬところに、ふるさとからの風が吹いたような気がします。


といったところで、お時間となりました。続きはまた明日です。